僕の平凡な日常。

1999年1月生まれのFtM当事者のKeiです。将来保育士を目指している保育学生です。LGBTQ関連の話や僕の治療の話、日常生活、保育学生としてのことを記したいと思います☺︎空き時間などにご気軽に覗いてくれると嬉しいです。質問も受け付けてますのでお待ちしてます。

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僕の生い立ち。

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こんにちは!🌞

 

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僕の平凡な日常へようこそ☺︎

 

FtM(身体的性は女性であるが
       性自認は男性である)

 

当事者のKeiです。

 

今日は僕の生い立ちについて書きます👍

 

僕は平成11年1月に東京都で
次女として生まれました。

 

でも僕は自身のことを
ずーーーーーーーーっと
男の子だと自認してました🙆‍♂️

 

なんて事もなく、、、
そもそも幼少期に性別がどうのこうのの
記憶なんてそーんなに無いですね🙋🏻‍♂️

 

そんな僕が、中学生になって
女性の先輩が好きになりました。


付き合いたいな〜なんて思ってましたが
当時はLGBTQの言葉を全く知りませんでした。

 

中学生の時はバスケ部だったので
髪の毛をバリカンで3cmの長さに
したことを覚えています。笑

 

恥ずかしさよりも嬉しさのが大きかったなぁ。


なーんて思います。

 

高校生になって僕は女子校へ行きました。


なんと言っても頭が悪く
そこへしか行けないと言われて
努力もせず実家からから5分の女子校へ。笑

 

そして、Twitterで
LGBTQという言葉を知り
FtMという言葉を知り
僕は男として生きたいんだ。

と、はっきり自覚しました。

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高校を卒業し
大学1年生の時にジェンダークリニックへ行き
性同一性障がいという診断書を取得しました。

 

やっとだ〜と嬉しく思いましたね。

 

取得したと同時に
男性ホルモン注射を始めましたが、、、

 

待ち構えていたのは母からの心配の声。 


「身体は大丈夫なの?
そんなに安易に決めて良かったの?」


なんて事を言われたので
僕は僕なりに何年も悩んだって
思いましたね。

 

でもそれと同時に僕は男として生きてけるの?


女子校出身で?履歴書にはなんて書く?


親戚には?子どもはほんとにいらない?

 

なんてことがぐるぐると
自問自答の日々でした。

 

同時に体調にも変化が現れてきて

不調な状態が続きました。

 

やはり女性として生きていくしかないのか?


と思い診断書も破り半年間打ち続けた
ホルモン注射もやめた時期がありました。

(後ほど詳しく書かせていただきます!!

 

でもやっぱり女性として生きていくのは
すごく苦しかったです。

 

中途半端な状態で生き続けるのは
僕は嫌だと思いホルモン注射を再開しました。

 

男性として生きようと思いましたね。

 

そこから大学の先生へカミングアウトし
色々とアドバイスをもらいながら
生活しています。

 

こんな感じでざっくりとですが
僕の生い立ち?を書かせていただきました。


読んで頂きありがとうございました😊

 

※当ブログはあくまでも性的マイノリティ(FtM)当事者である僕の経験や感じたこと、考えを書いていきます。ですが、性的マイノリティ当事者の皆様が僕と同じ考え方をしているというわけではございません。頭の隅にでも入れながら読んで頂けると有り難いです🙇🏻‍♂️宜しくお願い致します。

 

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